舌や歯肉、頬の内側などにできる「口腔(こうくう)がん」の患者が増えている。特に目立つ のは高齢者の増加で、超高齢化社会の進展が背景にある。だが、口腔がんは痛みなどの自覚 症状が乏しく、発見が遅れるケースも少なくない。進行がんでは生存率が大きく低下し、治 療後も食事や会話など生活の基本となる機能が著しく損なわれる。どうすれば早期かつ効率 的にがんを発見できるのか。一つの方策は、国民の多くがかかる歯科医院の日常診療を利用 し、口腔内を徹底チェックすることだ。
▽システム
2009年11月、千葉県市川市内の歯科医院。義歯を作るために来院した 80代女性が「ほっぺたの内側をよくかむんです」と話した。歯科医が口の中 をよく観察すると、左頬の内側が少しただれていた。ブラシのような器具で粘 膜の表面をこすり、採取した細胞を検査のために東京歯科大市川総合病院に送 った。結果は、悪性が疑われた。
報告を受けた歯科医は女性を同病院の口腔がんセンターに紹介。女性は病変 の一部をメスで切り取って調べる組織診で「頬粘膜の扁平(へんぺい)上皮がん」 と診断された。進行の程度は、比較的早期のステージIIだった。
実は、市川市では07年以来、地元歯科医師会と同病院が連携した「市川市 口腔がん早期発見システム」が稼働している。現在は歯科医師会から100人 を超える開業歯科医が参加。日常診療で何らかの病変を見つけた場合は細胞診 を実施し、悪性が疑われれば2次医療機関に紹介している。月に1回、同病院 とともに口腔粘膜の診察方法などについて研修会も開く。
▽死亡者急増
がんと診断された80代女性は、口腔がんセンターで手術を受けた。2年半 後のいま、経過は順調で、食事など日常生活に支障はないという。「システム がうまく機能した実例です」と同センターの佐藤一道(さとう・かずみち)講師は 話す。
佐藤さんによると、国内の口腔がん患者は05年に6900人、15年には78 00人になると予測されている。すべてのがんの1~2%に当たる。部位別では舌 が最も多く、歯肉が続く。
特徴的なのは、患者数のピークがより高齢側に移ってきたことだ。「かつては 喫煙や飲酒が口腔がんの要因として問題にされました。しかし最近は、酒やたば この経験がない高齢の女性患者も多い。加齢の影響を考えなければなりません」 と佐藤さんは指摘する。
死亡者数について口腔がん単独のデータはないが、厚生労働省の人口動態統計 によると、咽頭がんと合わせた数字はこの10年余りで急増した。米国などで口 腔がんの死亡が減少傾向にあるのとは対照的だ。
▽進化形
「早期のステージIとIIなら5年生存率は90%前後。しかし、進行がんの ステージIIIとIVでは50%前後まで下がります。早期発見の意味は大きい が、実際には早期に見つかるのは半分程度です」と佐藤さん。
早期発見を目指し、各地で口腔がん検診も行われている。東京歯科大も199 2年から千葉県内で集団検診を実施してきた。口腔がんの認知度向上に大きな役 割を果たす一方で、問題点も浮かび上がったという。
1年に1度の検診では進行の早いがんを発見できない恐れがあること。受診率 が低いこと。さらに受診者は健康への関心が高い人たちで、高いリスクを抱える 人の受診が少ないことだ。こんな問題を解消する進化形が早期発見システムだっ た。
佐藤さんは「国民がかかりつけの歯科医院を持って定期的に受診し、歯科医が 高い意識で口の粘膜を診れば、確実に早期発見ができ、死亡率も下がります。こ のシステムを広めたい」と話している。
共同通信社配信 6月5日(火)